海外、特にアメリカでは「Uber(ウーバー)」と言えば配車アプリのことですが、日本で認知度が高いのは「ウーバーイーツ」のほうでしょう。2019年、「ウーバーイーツ」の配達員が労働組合を結成したことに注目が集まりました。
配達員はなぜ労組を結成する必要があったのか
ウーバーイーツについて簡単におさらいしましょう。 ウーバーイーツ (サービス名と社名は異なるが以下ウーバーイーツで統一) とは、利用者がスマホで注文した食事をデリバリーしてくれるサービスです。食事の提供は提携するファストフードやレストランが行い、ウーバーイーツの配達パートナーがそれを利用者のもとへ届けます。配達パートナーは配達回数や距離などをもとにウーバーイーツから報酬を受け取る仕組みです。
配達パートナーという呼び方は今回のニュースを考えるひとつのポイントです。もし配達員がウーバーイーツに雇用されている従業員であればその呼び名は「配達スタッフ」がふさわしいでしょう。
だが、実際にはウーバーイーツと配達員との関係は「雇用されていない独立した第三者の契約」になっています。ある意味でウーバーイーツと配達員は対等な関係なので「配達パートナー」という呼び方を採用したのでしょう。配達員が、配達を完成させることを約束し、ウーバーイーツがその配達の結果に対して報酬を支払うことを約束する。いわゆる請負契約の形態です。
もし配達パートナーがウーバーイーツの従業員であれば、ウーバーイーツは配達パートナーに対して労災保険を提供しなければなりません。しかし、請負契約ではウーバーイーツにその義務はありません。配達員のように事故の可能性が高い仕事で、労災保険が提供されないリスクはかなり危機的な状況ともいえるでしょう。
配達パートナーのような働き方でも労災保険が適用されるよう、法整備を要望するために、ウーバーイーツ配達員の有志は労組を結成しました。
労災保険は仕事中、通勤途中の従業員をカッチリ守る
ウーバーイーツのような事例を見ると、改めて会社勤めをしている従業員が手厚い労災保険によって守られていることがわかります。当たり前にあるものほどその真価が見えなくなるものです。労災保険の給付内容を確認して、その価値を再認識してみましょう。
労災保険の給付には以下のものがあります。いずれも業務災害または通勤災害による疾病・死亡が給付の対象です。 業務災害のときの給付を「補償給付」、通勤災害の給付を「給付」と言いますが、ここではすべて「補償給付」で統一します。
また、労災保険の保険料は会社が全額負担することも特徴です。従業員は負担ゼロでいざというときはこれらの給付を受けることができるのです。
療養補償給付
ケガや病気が治癒するまでの間、療養の現物給付(労災指定医療機関の場合)またはその費用が全額給付されます。ウーバーイーツの配達員であれば配達中の交通事故によるケガなどが心配でしょう。ウーバーイーツも配達パートナーの事故に対する補償を2019年10月から創設しています。ケガの治療費は上限25万円、入院費は1日7500円(30日まで)を上限に支払われます。
障害補償給付
ケガや病気が治癒した後に障害等級第1級から第7級までに該当する障害が残ったときは年金形式の障害補償年金が給付されます。ケガや病気が治癒した後に障害等級第8級から第14級までに該当する障害が残ったときは一時金として障害補償一時金が給付されます。ウーバーイーツの配達員も交通事故が原因で障害が残る可能性はありますが、そのときの補償は用意されていません。
休業補償給付
ケガや病気の療養のため働くことができず、賃金を受けられないときに、休業4日目から給付されます。毎日8時間ウーバーイーツで配達を行っていたとしても、ウーバーイーツの配達員にこのような給付がされることはありません。
遺族補償給付
死亡したときには、遺族の人数等に応じた遺族補償年金と遺族特別年金、遺族特別支給金が給付される。ウーバーイーツでは配達時の死亡に対しては遺族に上限1千万円の見舞金が支払われます。
葬祭料
死亡した人の葬祭を行うときに、葬祭を行う者に対して給付されます。ウーバーイーツの配達員の遺族等にこのような給付がされることはありません。
傷病補償年金
ケガや病気が療養開始後1年6ヶ月経過しても治っていない場合や、障害が障害等級に該当するときに給付されます。ウーバーイーツの配達員にこのような給付がされることはありません。
介護補償給付
障害補償年金または傷病補償年金受給者のうち、一定の要件を満たす人が現に介護を受けているときに給付されます。ウーバーイーツの配達員にこのような給付がされることはありません。
多様な働き方を支えるセーフティネットづくり
後半は呪文のごとく「ウーバーイーツの配達員にこのような給付がされることはありません。」が繰り返されました。
ウーバーイーツのような新しいビジネスや、配達パートナーのような新しい働き方は本来歓迎されるべきことです。一方で必要な体制や法制度が整っていないと、その働き方が持続できなくなってしまう恐れもあります。今回の件でいえば、ウーバーイーツは「配達パートナー」の存在なくしてはビジネスが成り立たない。にもかかわらず、彼らを支える仕組みやセーフティネットが不十分、ということです。
なお、本家本元の配車アプリサービス「Uber」のドライバーをめぐって、アメリカカリフォルニア州では、Uberのドライバーは独立した請負業者ではなく、従業員として位置付ける法案が2019年の9月上旬に可決されています。
ウーバーイーツの労働組合をめぐるこれまでの動き
ウーバーイーツ配達員による労組結成までの経緯をまとめてみましょう。
2019年6月、配達員の一部によって労働組合結成の準備を進めていることが分かり報道されました。この時点でもっとも問題視されていたのは、配達中にケガをした場合でも補償が得られないという点です。
8月、9月と労働組合設立の準備会を行っています。ここで組合の活動方針や組合費、役員の選出方法についてなどが議論されています。また、これまで配達中の事故の補償だけがクローズアップされていましたが、それ以外にも報酬に関することや、今後の団体交渉を要求していく点なども言及されるようになりました。とりわけ団体交渉は結成される組合が個人事業主の集まりである点で、通常の労働者によって結成される労働組合とは異なるため、会社側がどのような対応をするのか、注目を集める議案となりました。
2019年10月3日、晴れてウーバーイーツの労働組合設立総会が開かれました。形式上、労働組合「ウーバーイーツユニオン」はこの時点で結成されたことになります。
実は労組結成の数日前、配達員が配達中の事故で負傷した際に会社側が配達員に「見舞金」を支払う制度を10月1日から始める、という報道がありました。見舞金の中身は、けがの治療費は上限25万円、入院費は1日7500円(30日まで)を上限に支払われ、死亡時は上限1千万円の見舞金が支払われるというものです。これは、ウーバーイーツと三井住友海上火災保険とが共同でつくった障害補償制度で、見舞金の費用は保険でまかないます。配達員の費用負担はありません。組合設立の直前にこのような発表があったのは、労組結成の動きが引き出したひとつの成果と言えるかもしれません。
労働組合の活動は何をこじ開けるのか?
2019年10月の「ウーバーイーツユニオン」が結成後、組合は具体的にどのような活動をしているのでしょうか。
目下のところ重要なテーマは団体交渉を行うことです。事故の際の配達員への補償や報酬に関してなど組合が会社側に要求していることはいくつかありますが、その前提として会社側に交渉のテーブルについてもらう必要があります。ウーバーイーツの配達員が労働者であれば、会社側はこのテーブルにつかなければなりません。しかし前述のとおり、ウーバーイーツユニオンの組合員は会社とは対等な関係にあるとみなされる個人事業主です。会社側に交渉を行う義務はありません。会社側は即座に団体交渉の要求には応じないことを回答しました。団体交渉を要求する組合とそれを拒否する会社側という構図は、2020年9月時点でまだ進展はありません。
2020年1月、組合は事故の補償の妥当性を証明するために、事故の実態調査に乗り出しました。実態を明らかにすることで、会社側に補償内容の見直しや、配達員が安全に働ける環境を求めていくわけですが、この動きは会社のみならず、労災保険を管掌する厚生労働省への働きかけにもなっています。2020年8月、組合は厚生労働省に「労災保険制度の見直しに関する要望書」を提出しました。労災保険の対象にウーバーイーツ配達員のような働き方をする人たちを含めるのかどうか、今後の国の判断にも注目が集まっています。