保険証は公的医療保険に加入していることを証明するものです。この保険証があるおかげで、病院で払うお金が医療費の全額ではなく1割から3割の負担ですむのです。健康保険や共済組合、国民健康保険すべてでこれは共通しています。
もし病院で「保険証が使えない」と言われたなら、それは治療を健康保険で受けることができないことを意味します(期限切れなどでそもそも保険証が使えないケースは除きます)。ポイントは治療を受けられないのではなく、公的医療保険を介することができない、という点です。具体的にどのような状況があるのか見てみましょう。
仕事中や通勤途中のけがや病気
仕事中や通勤途中でけがをしたり、仕事が原因で病気になって病院へかかる場合は保険証が使えません。理由はこのときの治療代や薬代は健康保険ではなく、労災保険(労働者災害補償保険)が担うからです。保険証は健康保険(公的医療保険)に紐づくものであることを忘れないでください。労災保険には保険証というものは存在しません。
せっかくなので健康保険と労災保険で病院にかかるときの違いを整理しておきましょう。違いの最たる例は治療費の自己負担額です。健康保険の場合、会社で働いている年代の人が病院の窓口で負担するのは治療費の3割です。対して労災保険は保険が医療費を全額負担します。健康保険の保険証が使えないと聞くと、医療費を全額自己負担するかのような雰囲気がありますが、この例に関してはまったく反対で、労災保険を適切に利用することで、その利用者が病院の窓口での自己負担はゼロになります。
ただし、注意しなければならないのは、すべての公的医療保険加入者が労災保険に加入しているわけではないという点です。
ここでいったん公的医療保険の種類について整理しましょう。公的医療保険には健康保険、共済組合、国民健康保険などがあります。健康保険は会社で働く人、共済組合は公務員、国民健康保険は自営業者や働いていない人が加入する公的医療保険です。ひとりが2つ以上の保険に同時に入ることはできません。
一方、労災保険は主に会社で働く人が加入する保険です。公的医療保険との関係で言うと、その関係性が強いのは健康保険です。公務員の場合、この労災保険と同様の補償は国家公務員災害補償制度、または地方公務員災害補償制度によって行われます。
これに対して国民健康保険へ加入している自営業者は労災保険に該当するものがありません(特別加入と言う方法で労災保険へ加入することは可能です)。つまり労災保険に未加入の国民健康保険加入者は、仕事中や通勤途中のけがや病気であっても治療を担うのは公的医療保険である国民健康保険で変わりません。逆説的な言い方になりますが、仕事中や通勤途中のけがや病気であっても病院で保険証(この場合は国民健康保険証)が使える、ということになります。公的医療保険なので、窓口で3割の自己負担が必要です。
加入する公的医療保険 | 仕事が原因の医療に対応する保険 | 左記のときの保険証使用 |
健康保険 | 労災保険 | 使用できない |
共済組合 | 公務員災害補償制度 | 使用できない |
国民健康保険 | 国民健康保険 | 使用できる |
交通事故やケンカによるけが
保険証を利用できない懸念があるケースとして、交通事故やケンカなどが原因のけがをした場合があげられます。結論を先に言うと、こうしたケースで病院にかかっても保険証は利用できます。ただし、通常の保険治療とは別に手続きがあるので、分けて考えなければなりません。
例として交通事故やケンカをあげましたが、より説明的な言い方をすると「第三者の行為」によって治療が必要になったものを指します。他人の飼い犬に噛まれてけがをしたなどもこの範囲内です。
なぜこれが通常のケースと異なるかというと、「第三者の行為」でけがをした場合、その治療費を負担する責任は加害者である第三者にあるためです。公的医療保険は被保険者のために治療を提供しますが、費用負担は最終的に加害者が負うようになっています。これを時系列で整理すると次のようになります。
- 被害者(被保険者)が保険証を使用して治療を受ける。
- 被害者が医療機関へ治療費の3割分を支払う。
- 医療機関から保険者(公的医療保険)へ治療費について請求がなされる。
- 保険者が医療機関へ治療費を支払う。
- 被害者および保険者が加害者へ治療費を請求する。
- 加害者が被害者および被害者へ治療費を支払う
2の被害者、4の保険者から医療機関へ支払われたお金は「立替」という扱いになり、5,6のプロセスによって最終的には加害者が治療費を全額負担することになります。
上記の流れで物事を進めるためには、公的医療保険側がその治療が「第三者の行為」によって発生したものであることを認識していなければなりません。そのため被保険者は事案が発生したら速やかにそれを保険者へ知らせる義務があります。これは健康保険も国民健康保険も同様です。多くの公的医療保険では手続きに「第三者行為による傷病届」を使います。
なお、手続きより前に加害者と示談が成立すると、場合によっては加害者に医療費を請求できないことがあります。そのため示談をする前に加入している保険者へ相談しなければなりません。
交通事故やケンカによるけがに対する治療についてはこのような特別な手続きがありますが、保険証を使って医療機関で治療を受けられる点は何ら変わりません。しかしまれに病院で「交通事故なので保険証は使えないと言われた」ということがあるようです。これは病院またはその担当者が制度について考え違いをしているためです。保険者を通じて説明するなどして、理解を求めましょう。
保険適用外の治療
最後に保険適用外の治療について説明します。これは保険証が使えない、というよりも「保険適用外」という言い方で認識されていることのほうが多いでしょう。
公的医療保険では病気やけがに対してどのような治療をするかや、それにかかる費用が細かく定められています。この範囲から外れる高度先進医療や、入院時に個室を利用することによる差額ベッド代などが「保険適用外」です。保険適用外の治療を受ける場合でも、通常の保険治療と共通する部分(診療・検査・投薬・入院料など)が含まれることがほとんどで、それらは変わらず保険が負担するため、保険証が使えない、という考え方にはなりません。