社会保険は、保険料を払いその見返りとして給付を得る。これが通常の考え方です。しかし、労災保険だけは少し事情が違います。あなたが負担する保険料がまったくないのです。それなのに給付はしっかり用意されています。一体なぜ?このページでは労災保険の基本を学びます。
このページで想定する読者は主に会社員(契約社員やアルバイトも含む)として常時雇用され報酬を得ている人です。また勤め先のことを総称として「会社」と表現しています。
労災保険加入を確認する方法
毎月の給与明細を見れば、各社会保険に対してあなたがいくらの保険料を負担しているかが分かります。では、労災保険はどこにあるでしょうか。手元に給与明細が用意できる人は探してみてください。
答えは……。ありませんよね、労災保険の項目。
労災保険の項目が給与明細にない理由は、あなたが労災保険料を払っていないからです。なにも払うことをごまかしているわけではありません。手続き上のミスでもないです。労災保険の保険料は会社が全額負担しています。だから給与明細には金額はおろか項目さえのっていないんです。
でも、本当に会社は労災保険に入っているのでしょうか。「イケイケのあの社長が労災保険のことなんて配慮してくれているとは思えない」「学生時代に1日限りで終わったあのアルバイト先の会社はどうだったんだろう。工事現場の仕事で今思えばケガのリスクはあったけど労災保険についてなんの説明もなかった」…。そんな心配をする人もいるでしょう。労災保険への加入は会社の義務です。ただし残念ながら、義務だからとすべての会社が加入しているとは限りません。そんな時は厚生労働省のホームページから検索してみてください。あなたの会社が労災保険に入っているかどうかが、簡単に調べられます。
会社が労災保険に入ってなかった。どうなる?
万に一つ、勤めている会社が労災保険に加入していなかったらどうしたらいいのでしょう。一番いいのは転職を考えること。労災保険は従業員を守るものです。労災保険に加入しないのは会社に社員を守る気がないからと思われても仕方がありません。そんな会社に未来を託せますか?
また、不幸にも労災保険に加入していない会社で仕事中にケガをしてしまったらどうなるのでしょうか。運が悪かったと諦めるしかないのでしょうか。
安心してください。会社が労災保険に加入していなくても労災保険があなたを守ってくれます。労災保険未加入は労働者側の責任ではないからです。労災保険に加入している会社で働く人と保険の給付面で差がつくこともありません。
病院での労災保険と健康保険は似て非なるもの
会社勤めであれば(給与明細に何も書いていなくても)労災保険に守られています。では、労災保険はどんなときに使うものなのでしょうか。例をあげながら考えてみましょう。
ある朝のこと。通勤ラッシュでごった返す駅。あなたは背中を押されプラットホームでまさかの転倒。運悪くベンチの角に顔面をしこたま打ち付けてしまいました。よく見れば血が出ています。病院で止血したほうがいいかもしれません。健康保険証は財布に入っています。病院に行って健康保険を使って治療したとしましょう。
これ、完全にアウトです。このケースでは健康保険ではなく労災保険を使わなければいけません。法律的にそもう決まっているんです。仕事中または通勤途中のケガはすべて労災保険が対象になります。
労災保険を使うことは、あなたにとってもメリットがあることです。健康保険で治療を受けたら病院で治療費の3割分は自己負担します。労災保険ならあなたの負担額は0円です。もちろん治療のレベルが落ちるなんてことはありません。
実は多くの社会人が労災保険と健康保険の区別をはっきりつけず、馴染みのある健康保険を悪気なく利用しています。それは結果として法律を無視し、金銭的にも損をしてしまっているのです。
認定前でも使える労災保険
労災保険を使えば病院であなたがが負担する治療費はありません。保険が指定の病院を通じて治療を現物支給で給付してくれるのです。
健康保険と違い、すべてを保険が負担するからには、きちんとした線引きが必要になります。この線を引くことをケガや病気に対する労災認定と呼びます。労災認定されればそれは仕事と関係のあるケガや病気ということになり、治療費ゼロの権利が手にできるわけです。労災認定を行う機関が「労働基準監督署」です。
ただし、手続きにおいては会社の協力や指示を仰ぐほうがベターです。なぜか?労働基準監督署による労災認定には当然ながらそれなりに日数がかかります。病気であれケガであれ労災認定されるのを待ってから病院に行くでは遅すぎます。会社側の協力があれば、労災認定前であっても治療費や薬代を負担することないように段取りを立ててくれます。具体的には行く病院の指示とその病院に提出する書類の準備です。
でも、ときにはもっと急を要することもあります。たとえば会社から遠く離れた営業先でケガをして病院に運ばれたら。病院を選択する余地はなく書類の提出もかなわない。そうした事態は十分に起こりうることです。
このケースで大事なことは病院側に労災であることを労災認定前であっても伝えることです。認定前で書類もないので初診の治療費は全額自己負担になるかもしれませんが、書類がそろえば全額返金されます。健康保険で治療を受けると、後で労災保険に切り替える手続きが煩雑で面倒です。あまりに面倒なので健康保険で済ませてしまう人もいるほどですが、それは法律的には違法ですし、お金も無駄になります。
仕事中または通勤途中の事故はすべて労災保険を使うことを心にとめておきましょう。
ウソorホント?労災保険の都市伝説
労災保険には都市伝説があります。それは「従業員が労災保険を使うことを会社が嫌がる」というものです。会社の心象を悪くしたら今後の出世や昇給に影響するんじゃないか。最悪のケースではクビを切られるのではないか。見えない恐怖におびえ労災保険の利用を躊躇してしまう。そういう人も確かにいるようです。
会社が労災保険の利用を嫌がる理由として最初に思い浮かぶのは、会社が労災保険に加入していないケースです。このケースはいろいろな意味で最悪です。もし会社が労災保険に加入していないことを理由に労災保険ではなく健康保険を使うよう指示したらどうしますか?会社を辞める覚悟で労災保険を使うか、会社と一蓮托生、運命をともにする覚悟で健康保険を使うか。前者は会社のみ、後者は会社とあなたが違法行為を問われることになります。それでも会社に忠誠を誓いますか?
会社が労災保険を嫌がる理由はほかにもあります。労災保険を使うことによる会社イメージの低下や、会社が負担する労災保険料の値上がりの危惧、単に手続きが面倒だからやりたくないなど。どれも正当な理由ではありません。こんなバカげた理由で労災保険を使わせない会社があるのだろうか、といぶかしく思ってしまいますが、厚生労働省が把握し発表している資料では、平均月に3から5件くらいは労働保険が適切に運用されていない事案が存在しています。2017年には日本郵便株式会社のような大企業がこのリストに名を連ねました。「会社が労災保険を使うことを嫌がる」は都市伝説というほど無邪気なものではないかもしれません。
労災保険は会社の協力があるとスムーズに進められます。一方で会社が労災保険を嫌がることも頭に入れておかなければならないでしょう。前述のとおり、労災を認定するのは労働基準監督署です。会社の協力が得られなくても労災を申請することはできます。労働基準監督署は全国に300以上ありそれぞれに管轄エリアが決まっています。相談先は勤めている会社の住所を管轄する労働基準監督署です。支社や営業所に勤務しているならその住所をもとに管轄の労働基準監督署を探してください。厚生労働省のホームページで簡単に探すことができます。
労災保険の給付まとめ
労災保険を利用する可能性が高いのは病気やケガで病院にかかる場合ですが、それ以外の給付内容についても確認しておきましょう。
労災事故が原因で休業し、賃金が受け取れないときの給付 | 休業ホショウ給付 (休業給付) |
労災事故が原因で療養し、その疾病が治らなかったときの年金 | 傷病ホショウ年金 (傷病年金) |
労災事故が原因で、障害が残ったときの給付 | 障害ホショウ給付 (障害給付) |
労災事故が原因で、介護状態になったときの給付 | 介護ホショウ給付 (介護給付) |
労災事故が原因で、死亡したときに遺族への給付 | 遺族ホショウ給付 (遺族給付) |
労災事故が原因で、死亡者の葬祭を行うときの給付 | 葬祭料 (葬祭給付) |
労災保険は、あなたの保険料負担がなく、給付だけが存在する唯一の社会保険です。もちろん病気やケガがないに越したことはありませんが、いざというときに労働者にはとても心強い保険なので、正しく理解しておきましょう。